見出し画像

「トビタテ! 留学JAPAN 事後研修」基調講演で、JT取締役会長の岩井睦雄氏に御登壇いただきました。

2022年12月18日、都内で開催された「トビタテ! 留学JAPAN 日本代表プログラム 2022年度冬季事後研修」のグローバルリーダー基調講演で、今年は日本たばこ産業株式会社(JT) 取締役会長の岩井睦雄氏にご登壇いただきました。

岩井睦雄氏による基調講演。ビジネスパーソンとして、リーダーとして、長い経験からのリアルなお話に耳を傾ける

ひとつの企業で築いたキャリアパス

1960年生まれの岩井氏は、大学で経済を学んでいたため「就職先は銀行か」と漠然と考えていたそう。しかし高度経済成長期のさなか、銀行での就職活動のなかでその採用基準に疑問を感じ、「モノを作っている会社」に興味を示すようになったといいます。専売公社から2年後には特殊会社へと転身するJTへの入社を決めた、という就活のお話からスピーチが始まりました。
国内のたばこ事業から多角化・国際化へと、前例のない事業展開が期待される中、「若い人材の活躍の余地が大きい」という期待をもって入社した岩井氏。「ずっと同じ会社でキャリアを築くのは現代のスタイルとは違うだろう」としつつも、40年にもおよぶ会社員としてのご経験から「考え方を大きく変えた出来事」を3つ紹介してくださいました。

そのひとつは、入社後6年目に日本の銀行のロンドン支店へと派遣されたときのこと。海外における金融システムの仕組みを知るとともに、銀行とメーカーの決定的な違いを目の当たりにしました。若いときに自分とは違う業種を体験できたことで、「自分はやはりメーカーが肌に合っている」と実感。「ずっとJTだけで働いていたら気づけなかったはず」と話し、大きな糧となっているそうです。

また、2002年、大規模な社内改革である中期経営計画『JT PLAN-V』のプロジェクトチームに抜擢されたこと。中間管理職から提案されるリストラを含む心苦しい改革案に、トップマネジメント(当時の社長)はじっくりと耳を傾け、決断する。その姿からリーダーのあるべき姿を学んだといいます。「やるべきことをやらなかったら禍根を残す。“不作為の罪”を犯さない」ことは、ご自身がトップマネジメントの立場に立った今も、常に意識しているとのことです。

そしてもうひとつは、2008年に食品事業務にいたときに起こった「中国冷凍餃子事件」です。社の掲げている「お客様に誠実に向き合う」「品質に対するこだわり」といった行動規範の言葉通りの方針で危機を乗り切ることができました。自身の「誠実でありたい」という気持ちと、会社のポリシーが一致していたからこそ乗り越えられた難局だったことで、JTのもつ会社のDNAとして引き継いでいきたいという考えにも至りました。

日本の企業から世界を見てきた豊富なご体験。多くの参加者にとってキャリアパスを考えるきっかけになった

トビタテ生に期待することとして、「トビタテを通じて得た体験、受けた恩をどういう形で社会に返していくのか、そしてそれを次の世代へどう引き継いでいくのか、を考えてみてほしいと思います。人は常にひとりだけで生きているわけではありません。自分と文化や考えの違う人と接することもあるでしょう。(自分と)違っている人に対する不快感をなくすことではなくて、現実に上手に折り合いをつけることが大切だと思っています。それぞれの専門分野をお持ちの皆さんも、さまざまな国で異質なものに触れてきたご経験を活かし、自分を失うことなく、また、自分と異なるものへの寛容性をもっていただけたらと思います」とまとめました。

豊富な経験に基づくアドバイス

後半の質疑応答では、挙手した参加者のうち6人の学生からの質問に答えてくださいました。

国際基督教大学 遠藤 誠さん

遠藤さんは職場での人間関係由来のトラブルについて質問。ぜひ次に活かしたい

トビタテ14期生で国際基督教大学の遠藤 誠さんは、アメリカ留学中、研究室同士の対立のために自分のやりたいことができないという事態に直面し、有益なことが損なわれていると感じた体験から、どうすればよかったのだろうか、と岩井氏にアドバイスを求めました。
 岩井氏からは、「ねばり強く対話を。当事者だけでなく、周囲からも別の見方をしてもらい、アドバイスを得ながら論点を整理し早めにレイヤーを上げて議論するのがグローバルなやり方」「“こうしなくてはならない”と命令するのは絶対によくないです」と、“国際的なスタンダード”の見地からお答えいただきました。

東京農工大学 西原 千晶さん

選択の“決め手”とは? 西原さんの質問は、多くの若者が感じている不安を代弁するかのよう

ドイツとアメリカへ留学をした14期生 東京農工大学の西原 千晶さんは、ちょうど就職活動のタイミングで、多くの選択肢があるなかどのように自分のキャリアパスを見据え、選択していくべきなのかを迷っているそう。「岩井氏の場合はなにを軸に選び取っていったのでしょうか」と質問しました。
 ずっと大組織の中で仕事をしてきた立場から、岩井氏は「社畜にならないこと」とおっしゃいます。「日本の組織では和を持って物事を進めていくことが多く、反対意見など言いにくい。しかし、本来は一人一人が自分自身の基準をもって、主張すべきは主張することが大切」とのこと。ちなみに、岩井氏の基準は「妻に聞かせても恥ずかしくないこと」だそうで、それは“会社の常識”と世間の常識に乖離がないかどうかの目安になるということです。
また、それぞれの選択の前に、「どんなことに自分がワクワクするのか」を知っておくのが大切なことで、それにより自分らしい働き方がわかるといいます。個人プレイヤーなのか、それとも和気あいあいとみんなで成果をあげるのが好きなのか、といったところで、その価値観と(これから所属しようとしている)組織の方向性が合致していれば楽しく仕事ができるのでは、とのこと。そしてもちろん、自分が追及していることと組織がやっていることに親和性があるかどうかも重要で、途中で振り返ってみて「自分を忘れないこと」とのアドバイス。例として、2016年にたばこ事業の責任者になるよう打診があったところ、「自分ならこうする、こうしたい」という希望を社長に伝えたうえで「それができるなら引き受けます」と答えたというお話をしてくださいました。「それをすることで自分の心の火が燃えるかどうかを考えて決めるのがいいと思います」とのことです。

上智大学 三瓶 寧々さん

愛煙家だという三瓶さんは、有望視されるアフリカとたばこ産業の未来について質問。

3人目は10期生としてイギリスへ留学した三瓶 寧々さん。上智大学の学生です。岩井氏が現在アフリカでのビジネス展開に力を入れているというお話から、「今後、アフリカでどのようにたばこビジネスを展開していくのか」「持続可能なビジネスパートナーとして、アフリカのどこに魅力を感じているのか」の2点について質問しました。
アフリカや東南アジアでは、今でも1本、2本という単位でたばこを買う人が多く、経済がより発展すればそのうち箱で買うようになるという可能性があり、まだ伸びる市場であるとのこと。また、現在十億人にものぼるアフリカの人口は、2050年には倍増するといわれており、世界人口の4人に1人がアフリカ出身という未来が予想されています。これから起こりえるさまざまな問題を未然に防ぐためには国際的な動きが必要ですが、日本の経済界のように成熟した立場からもできることがあるといいます。岩井氏が個人的に所属する経済同友会アフリカプロジェクト・チームでは、グリーンエナジーやヘルスケアなどビジネスチャンスがあり、それなりに経済が動いていて協働できる人たちがいる国を分野ごとにモデルとして支援・投資し、ほかの国もそれに倣うような仕組みをつくろうとしているそう。たばこの世界でJTができることとしては、環境破壊をせずに質のいい葉タバコをつくってもらおうと、産出国のマラウイ等のたばこ農家に技術指導をするといったことを挙げました。

東京外国語大学 福島 黎さん

ルワンダで平和学習をした福島さんには、岩井氏から「これからなにか一緒にできることがあれば」とのオファーが

4人目には、先のアフリカの話からルワンダに留学した東京外国語大学の福島 黎さんを岩井氏自らご指名。世界各国を周ったご経験のある岩井氏ですが、ルワンダにはまだ行ったことがないとのことで、とてもご興味がある様子でした。
現地で1年を過ごした福島さんからは、「対アフリカ援助に関しては、トップダウンでなにごとも決められ、本当に必要なところに援助が届いていない印象を受けたが、それをどのように解消すべきか」「現地では韓国や中国企業の進出を目にするものの、日本企業は車関係ばかり。ビジネス面でのアフリカでのプレゼンスをどう発揮すればよいか教えてほしい」と、現地の問題点に関する質問です。
中国は低金利・低価格でインフラ事業を落札し、自国から労働者を現地へ送り込むなど政府と民間が一体となって戦略的にアフリカに進出しています。しかし民間とかけ離れた手法であり、現地からも悪印象を持たれている例もあることを岩井氏は指摘。一方、日本の企業はアフリカから見ても品質が良く、アフリカの国々のためを思っての計画であることは重々理解されているものの、「とにかく意思決定が遅い」といいます。現地でうまくまとまっても、いちいち本社にお伺いを立てねばならず、そのうえあらゆるリスクを想定するなど、とにかく時間がかかる。そこが敬遠され、中国に仕事が流れている現状があるそうです。
それはさておき、政府間でよく話し合って中抜きなどの腐敗がないようきっちりと枠組みを作っていき、政府のODAとも協働するなど、中国ほどではないにせよ官民が連携してプロジェクトを動かしていくという仕組みを作っていくことが大切だと岩井氏は考えます。一方、最近の動きとしてそうした政府機関などを介さず、社会課題をビジネスで解決しようとする若い起業家を応援する仕組みを同友会の有志で企画しているところだそう。問題点を共有できたことから、福島さんへ「ルワンダで学んできたことで、一緒にできることがあればぜひやりましょう」とのお声がけがありました。

法政大学 多久和 佳さん

言語によらないコミュニケーションツールとしてのたばこの役割について興味をもった多久和さん

次の質問者は11期にデンマークへ留学した、法政大学の多久和 佳さん。留学中、本来はたばこを吸わないが、コミュニティに入り込むためにコミュニケーションツールとして喫煙しているという人がいたことから、「御社製品を、どんな人にどのようにコミュニケーションに役立ててほしいかうかがいたい」という質問がされました。
たばこには、たとえばコーヒーのようにほっと一息入れる、気分転換・自己表現など8つの徳があって、コミュニケーションツールとしての役割も確かにあるといいます。たとえば社長室で直談判するのと、喫煙所でたまたま社長と一緒になって話をするのとではまったく心持が違うといったことです。そうしたたばこの役割は、究極にいえば「心の豊かさ」ではないか、と岩井氏は分析します。身体的にいえば害をもたらす闇の部分ももちろんあるものの、長い歴史の中で生命維持に必要なものでもないのにもかかわらず、ずっと人々に取り上げられてきたということは、一息ついたり、人間関係を円滑にしたりなど生きるためだけではないなにかに必要であったというわけです。現在、JTではほかの部門でもたばこのような役割を果たすものがないだろうか、といろいろ考えると同時に、たばこを吸わない人との分断をなくして、心の豊かさを共有できるようなものができないか、と模索しているところだそうです。

千葉大学 原将太さん

「協働していく人々とビジョンを共有する方法」をうかがった原さん。仕事に限らず、あらゆることに応用できそう

最後の質問者は千葉大学の原将太さん。「多様化する社会のなか、ものごとを進めるにあたり人々とビジョンを共有するのに、どのような方法があるのか知りたい」とのことです。
「パーパスやビジョンを共有することはどの組織においても課題」だと岩井氏は言います。パーパスは勝手に上が決めてトップダウンにしてもあまりうまくいきません。関わっている人たちについてある程度把握したうえでたたき台をつくり、造り上げたパーパスが「このビジョンを達成したい」という彼らのモチベーションを刺激するかどうかが、とても重要だといいます。そのためにはわかりやすい言葉で、ひとつ読めばすぐに目的がわかること、そして、作る段階から社員を巻き込んでいくこと、さらに、ただ額縁に掲げるのではなく、「そのビジョンに見合った活動をしていること、見合わない活動はしないことが重要で、その姿が見えてはじめて浸透していくのでは」と話しました。

おわりに~岩井氏からトビタテ生へメッセージ~

講演の最後に、岩井氏は次のようにお話くださいました。
日本は第二次世界大戦のときにすべてを失い、「ゼロ」の時代を経験しています。高度経済成長期、バブル期を経てゼロ成長期が長引く今の日本は「第二のゼロ」の時代ではないでしょうか。一人当GDPでは韓国に抜かれ、部長クラスの人の年収はタイのほうが高いという現状から、これから世界の中の日本は江戸時代のプレゼンスになってしまうのではないか、それを避けるためには、みなさんが意思を持って変えていかなければならないと考えます。
ただ経済成長すればいいのではなく、世界にとって、また、日本社会にとってウェルビーイング――より人間が幸せになれる方向に向かって自分自身の力を発揮しようとそれぞれが考える。そして日本がまた昇っていけるようにしていきたいと考えています。

◆岩井氏から、みなさんへ
これから社会に出て活躍するみなさんへ、吉田松陰の士規七則を略した「三端」を贈りたいと思います。「志を立てて、もって万事の源となす」「交を択びては以って仁義の行を輔く」「書を読み以て聖賢の訓を稽ふと」。吉田松陰は、まずは志を持つこと、そして志を同じくする人間関係を選ぶこと、旅をして、人と交わり、歴史から学ぶことがリーダーとして必要なことだと説いており、これらはとても深く心に残っています。
自分がワクワクしてやりたいこと、自分にできること、社会をより良くすることの交点に自らの使命を立ててほしいです。
自分ひとりでできなければ仲間を募るのもいいでしょう。ただし、大きな組織に身を置くと、組織側の要求にこたえていくばかりになってしまうこともあるので、自分を見失わないようにしてほしいと思います。

感受性の高い若い時に海外、異文化を体験することは自分もそうでしたがとても貴重なことだと思います。
その体験を経て、これから社会に出て様々な分野で活躍し、また次の世代にpay it forwardしてほしいと切に願っています。

皆様の未来に幸あれ。Bon Voyage!

フリートークでは参加者の輪の中へ。誰の話にもじっくり耳を傾ける気さくなお人柄に、参加者からも活発に質問が飛び出した

お忙しい中、トビタテ生のために講演し、丁寧に交流いただいた岩井様に心から感謝申し上げます。ありがとうございました!